まゆと江川邸

静岡県伊豆の国市韮山にある歴史の観光スポット江川邸の新人ガイドのブログです

依田佐ニ平って誰?

松崎町にある無料で見学できる依田邸に住んでいた依田佐ニ平は松崎町の街の発展に貢献しました。

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実はこの佐ニ平は北海道の開拓に貢献した依田勉三の兄です。

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(右が勉三、左が佐ニ平)

 

実際に松崎町に行った方は分かるかと思いますが、松崎町伊豆半島の南端にあり、「遠い」印象があるかと思います。

しかし、こんなに「遠い」松崎ですが、熱い気持ちを持った佐二平想いが、地方とは思えない発展をします。

今回はその依田佐二平について書きます。

 

 

 

開国に強い衝撃を受けた少年時代

佐ニ平は幕末の1846年(弘化3年)に松崎町で生まれます。

6歳で三余塾に通います

 

 

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(三余塾の事について書かれています)

 

そこで大変優秀な成績を残します。

そして8歳のときに松崎から近くの下田が開国港として貿易が始まります。

日本は200年ほど鎖国をしていたので、外国人や文化に触れることにとてつもない衝撃を受けた者が多く、佐二平もその中のひとりだったと思います。

21歳で依田家を継ぎます。

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(依田邸)

 

松崎は「三大製糸」と呼ばれる呼ばれる工場を作る

松崎は温暖な気候の為に生糸の材料になるカイコの繭の成育がとても早く、「松崎相場」と呼ばれ関東や東北地方の新繭相場の標準価格になったほど、松崎の繭は注目を集めていました。しかし、松崎周辺に工場はなかった為に他の地方の人に松崎の繭を安く買われてしまいます。

その現状を見た佐二平は松崎に工場を作る決心をします。

まず、妹たちに富岡製糸工場に2年ほど研修をさせ、試験工場を作ります。その後に自分の自宅に松崎製糸場を作ります。

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(松崎製糸場があったころの明治時代の依田邸)

これは富岡、室山に続く松崎は「日本の三大製糸」と呼ばれるようになります。

 

松崎の教育に尽力し、東京大学の卒業生も生む

佐ニ平は教育にも力を入れます。

三余塾を開いた土屋三余の意志を引き継ぐ形で19歳のとき(1864年明治元年)に自宅に大沢塾を開き漢学を教えます。

さらに1872年(明治5年)謹申学舎を開き、そこで英語とフランス語を教えます。

そのときの塾長がなんと、旧会津藩士の西郷頼母で漢学を教えます。

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(西郷頼母)

塾生は6歳からなんと40歳までと幅広く、地元の人が割合を占めていました。

いくつになっても学びたいという松崎の人たちの熱気がそこにはあったのではないでしょうか?

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(依田邸)

 

 

1870年(明治3年)には依田家の土地に作られたのが大沢学舎です。

1873年に佐ニ平は私財を投じ、洋風二階建てに建て替えます。

実はこの建物は今も残っており、道の駅「花の三聖」として見学することができます。

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そして1879年(明治12年)豆陽学校を設立。

今の下田高校となっていて、松崎は「遠い」にも関わらず、静岡県内では非常に古い学校となっていることに驚かされます。

この学校の卒業生には文化勲章を受賞した東京帝国大学薬学部長の近藤平三郎や、生物学者東京大学名誉教授の藤井隆などがいます。

本人の努力はもちろんですが、こういった教育の環境があったかと思います。

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(花の三聖にある依田佐ニ平の像)

 

こうして紹介してみましたが、順風満帆に見えますが、生徒が思うように集まらず経営が苦しくなり、頭を下げて銀行にお金を借りるなど実はしています。

しかし、佐二平は家族や仲間たちに教育の大切さを解き「伊豆を中央から遅らせるな」と言ったそうです。

松崎が「遠い」からこそ、遅れてはいけないという気持ちがあったかと思います。

それだけ教育の大切さを感じ、自分だけの目先の利益だけではなく、松崎の大きな未来の為に自身を捧げたと言ってもいいのではないでしょうか?

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(花の三聖)

 

佐ニ平は日本で初めての国会議員

佐ニ平のしたことはこれだけに留まらず、松崎に水力発電所を作ったり、海運会社を作ったり、銀行経営、郵便局も設置します。

松崎の今の街の発展は佐二平のおかげと言っても過言ではないでしょうか?

さらに45歳のとき(1890年・明治23年)に第一回衆院議員に当選、日本で初めての国会議員になります。

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松崎の街をこれだけ発展させた佐二平なら、きっと日本も変えることができるのではないか?という期待で、当選したのだと想像できます。

 

松崎には佐ニ平の歴史が今でも残っています!

松崎は「遠い」。だからこそ、遅れてはいけない。

都市に負けてはいけない街に必ずするのだという佐二平のなみなみならぬ思いを感じます。

ぜひ、みなさんも松崎に実際に出掛けてみて、この街の教育の熱気を感じてみてはいかがでしょうか?

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(那賀川から)

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